「若い頃、かわいすぎる!」とネットで話題の菅野志桜里(旧・山尾志桜里)氏。
現在は知性派の政治家という印象が強い彼女ですが、実は子ども時代にミュージカル『アニー』で初代アニーを務めた美少女だったことをご存じでしょうか?
今回は、彼女の若い頃のルックスや経歴を振り返りながら、“かわいい”と称された理由やアニー時代やマイケルジャクソンとの関係の秘話に迫ります。
菅野志桜里の若い頃は本当にかわいかった?
今でこそ知的で落ち着いた印象のある菅野志桜里氏ですが、若い頃からその容姿と才能で注目されていました。
美人検事としてのキャリアの始まり
東京大学法学部を卒業後、検察官としてキャリアをスタートした菅野氏は、若手ながら注目の存在でした。
報道やネット上では「才色兼備」「美人すぎる検事」などの言葉が使われ、知性と外見を兼ね備えた人物として紹介されることもありました。
中学・高校時代の秀才エピソード
中学校・高校時代は、東京学芸大学附属大泉中学校・高等学校に在籍。
いずれも首都圏有数の進学校で、学業成績は常に上位。東京大学への現役合格を果たし、同世代の中でもひときわ優秀な存在だったとされています。
学生時代の明るく活発な性格についても、後年の報道でたびたび触れられています。
衆議院議員当選時の“美魔女”報道
2009年、衆議院議員に初当選した際は、30代後半という年齢ながら若々しいルックスと知的な発言で注目を集めました。
週刊誌やネットメディアでは「美人すぎる政治家」「美魔女議員」などと紹介され、女性有権者からの支持も厚かったことが当時の報道でうかがえます。
初代アニーとしての輝かしい舞台歴
菅野志桜里氏の「かわいい」と評される原点ともいえるのが、子ども時代に演じた“アニー”としての舞台経験です。
1986年の『アニー』オーディション合格
菅野氏(当時は小学4年生)は、1986年に日本テレビ主催のミュージカル『アニー』で、主役のアニー役に抜擢されました。
これは、日本テレビ製作による『アニー』公演の初年度であり、彼女は「初代アニー」として知られる存在です。
当時、英語ミュージカル経験のある少女としてオーディションに合格し、その歌唱力と表現力が評価されました。
ダブルキャストの猪木寛子との関係
この年のアニーは、アントニオ猪木と倍賞美津子の娘・猪木寛子さんとのダブルキャストで行われました。
芸能界でも話題となったキャスティングで、若き日の菅野氏もその中で堂々とした舞台を披露し、観客を魅了しました。
舞台経験はその後の発信力や表現力のベースにもなったとされています。
英語力と表現力が評価された背景
英語での歌唱力に加え、堂々とした演技力は当時の関係者からも高く評価されました。
特に小学生とは思えない舞台度胸と感情表現力は、子どもながらも大きな注目を集め、「この子は将来、大物になる」との声もあったと言われています。
マイケル・ジャクソンとのエピソードも!
初代アニーとして活躍していた菅野志桜里氏は、世界的スターとの貴重な共演経験も持っています。
「Maybe」を英語で披露した舞台裏
1987年、マイケル・ジャクソンが来日した際、日本テレビが主催した歓迎パーティーが東京・キャピトル東急ホテルで開催されました。
そこに出演していたアニー役の子どもたちは、代表として「Maybe」を英語で披露。この中に、当時アニーを務めていた菅野氏も含まれていました。
国際的な場での注目と評価
この歓迎パーティーは、テレビ局関係者や報道陣も多数参加しており、パフォーマンスは非常に注目を集めました。
若干10歳ほどで、世界的スターの前で歌を披露したというエピソードは、彼女の非凡な表現力と精神力を物語っています。
この経験は、後の公人としての堂々たる立ち振る舞いにも通じるものがあるでしょう。
本人が語るアニー時代の思い出
菅野氏は後年、自身のSNSやメディアインタビューで「アニーとして舞台に立った経験が、自分の発信力や胆力の土台になった」と振り返っています。
また、「40年続くなんて、当時は思いもしなかった」と、アニー公演の長寿を素直に喜ぶコメントも発信しており、彼女にとってもかけがえのない思い出であることがうかがえます。
「初代アニー」としての歴史的位置づけ
「初代アニー」としての菅野志桜里氏の立ち位置は、今なお多くのファンに語り継がれています。
日本テレビ版アニーの初代としての記録
1986年にスタートした日本テレビ製作版のミュージカル『アニー』において、菅野氏は初年度の主役を務めました。
それ以前にも東宝版による公演はありましたが、日本テレビ版としては彼女が「初代アニー」と位置づけられています。
この公演は以後も長年続いており、2025年現在も子どもたちに夢を与える舞台として知られています。
東宝版との違いと混同の注意点
アニー公演には、日本テレビ製作版と東宝製作版という2つの系統があります。
東宝版は1978年に初演されていますが、一般的に現在「アニー」として多く語られるのは日本テレビ製作の1986年以降のものであり、その最初の主役が菅野氏です。
ファンの中でも混同されやすいため、正確な認識が必要です。
周年記念イベントでの取り上げられ方
アニー公演が節目の年を迎えるたびに、「初代アニー」としての菅野氏の名が取り上げられることがあります。
テレビ番組やイベントの特集で「歴代アニー」の紹介が行われる際には、必ずといっていいほど菅野氏の名前が登場し、彼女の美少女時代の写真が紹介されることもあります。
政治家としての顔とは異なる、原点の姿がそこにはあります。
まとめ
菅野志桜里氏は、東京大学卒の元検事として政治の世界で活躍する一方で、子ども時代にはミュージカル『アニー』の初代主役として舞台に立ったという、異色の経歴を持っています。
1986年のオーディションに合格し、猪木寛子さんとともにダブルキャストでアニーを務めた彼女は、その歌唱力と演技力、そして美少女ぶりで大きな注目を集めました。
「かわいい」「美人」と評されることが多かった若い頃の菅野氏は、今なおそのルックスや雰囲気が語られ、SNSなどでもたびたび話題に上がります。
政治家としての鋭い発言や信念と、子ども時代の可憐な舞台姿とのギャップも、彼女の魅力のひとつでしょう。
本記事を通して、菅野志桜里氏の意外なルーツや「初代アニー」としての輝かしい一面に触れることで、彼女への理解がより深まったのではないでしょうか。
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